SYNAPXIS INSIGHTS / 05
②の終わりに、人口と距離では説明できなかった残りに何が入っているのかを次で開ける、と書いた。まず宿泊施設の数から見ていく。インバウンドで宿が足りない、という話をよく聞くが、旅館業法の営業許可でみると、旅館・ホテルの施設数が増えたのは47都道府県のうち12だけで、35では減っていた。増えた分の90.6%は、東京と沖縄の2つが占めている。
厚生労働省の衛生行政報告例は、営業許可を受けた施設をすべて数えている。標本調査ではないので、抽出のしかたによる振れがない。この数字で2019年度と2024年度を比べると、全国の施設数は1,942件増えている。ところが県ごとに見ると、増えたのは12都道府県で、35都道府県では減っていた。
増えた12都道府県の増加分を足すと4,627件になる。このうち東京が2,550件、沖縄が1,643件で、2つで90.6%を占める。3位の大阪は169件で、桁が2つ違う。減った35都道府県の合計は-2,685件で、差し引くと全国の純増1,942件になる。
客室数でも形は変わらない。客室が増えたのは24都道府県、減ったのは23。増えた分を足すと92,911室で、そのうち74.2%が東京・大阪・沖縄・京都・北海道・福岡の6つに入っている。減った県を差し引いた純増は75,154室になる。
客室の増加率と客室稼働率の相関は0.62。人口との相関は0.37で、こちらのほうが弱い。人口が多い県ではなく、すでに埋まっていた県で客室が増えている。ただしこれは連動を見ただけで、埋まっていたから増やしたのか、増やしたから埋まったのかは分けられない。
1施設あたりの客室数は、全国では33.5室から33.7室へ、0.2室動いただけである。ところが県別に見ると43都道府県で増えており、減ったのは4つだけだった。向きの違う2つが打ち消しあって、全国の数字が動いていない。
東京は施設数を2,550件増やしながら、1軒あたりは57.1室から36.3室へ小さくなった。沖縄も26.3室から17.8室へ下がっている。一方、大阪は施設数を169件しか増やさずに客室を積んでおり、1軒あたりは76.4室から78.1室へ大きくなった。軒数を増やした県では小さい宿が、客室だけを増やした県では大きい宿が建っている。
客室が増えた上位6都道府県の客室稼働率は、2025年で70.7%から81.1%の範囲にある。ただし6つのうち4つで下がっており、下げ幅は東京が2.8ポイント、沖縄が3.4ポイントで、この2つが大きい。軒数を1.8倍にした2県でもある。増やしたぶんだけ埋まらなくなった、と読みたくなる。
ところが47都道府県のうち29で稼働率が下がっている。全国的に起きていることである。下げ幅が大きいのは鹿児島-5.3・千葉-4.6・愛知-3.6・熊本-3.6ポイントの4県で、このうち3県は施設数を減らしている。沖縄はこの4県に入らない。
施設数を増やした12都道府県の下げ幅は中央値で-1.2ポイント、減らした35都道府県は-1.6ポイントである。施設数の増加率と稼働率の変化の相関は-0.13、有意水準は0.37で、両者に関係は見えない。
代わりに効いているのは、もとの高さである。2019年の稼働率と、その後の変化の相関は-0.39。高かった県ほど下がっている。東京も沖縄も、2019年の時点で全国平均より高い水準にあった。増やしたことよりも、もとの高さのほうが、下げ幅とよく連動している。
残る41県の平均は66.1%から65.4%である。上位6都道府県は下げ幅がやや大きいが、水準はなお70.7%を下回っていない。
①で、外国人延べ宿泊者数が大きく増えても行き先の構造は変わっていないことを見た。来る場所が動かないのであれば、そこに部屋を足しても埋まりやすい。増やした県で下げ幅がとくに大きくなっていないことは、その裏返しとして読める。
②では、人口と距離から予想した日本人の宿泊者数に対して実際が何倍かを見て、長野・静岡・京都・福島が位置を下げていた。この4県のうち客室を増やしたのは京都だけで、6,696室、15.4%増えている。長野は433室、静岡は2,280室、福島は1,380室の減少だった。日本人の側で位置を下げることと、部屋を減らすことは、同じ県で起きているとは限らない。
「インバウンドで宿が足りない」と言うとき、その足りなさは全国の話ではない。旅館・ホテルの施設数が増えたのは12都道府県で、増えた分の90.6%は東京と沖縄が占める。残る35都道府県では減っている。全国の合計だけを見て地方の供給を語ると、実態と逆の像になる。
客室が増えたのは、稼働率が高い県だった。人口との相関より稼働率との相関のほうが強い。埋まる見込みが立つ場所にしか部屋は積まれていない、と読める。裏を返せば、稼働率が上がらないかぎり地方に新しい部屋は建たない。地方の宿泊供給をどうするかという問いは、増やす話ではなく、残っているものをどう残すかという話にすでに移っていると思われる。
増え方も1通りではなかった。東京と沖縄は軒数を増やして1軒あたりを小さくし、大阪は軒数を増やさずに客室を積んだ。全国の1施設あたり客室数がほとんど動かないのは、向きの違う2つが打ち消しあった結果である。稼働率も29都道府県で下がっているが、下げているのは客室を増やしたことではない。ではなぜ下がったのか。割り算の中身を開ければ分けられる。④でそれを見る。
②を読む 旅先として選ばれてきた県の優位が、薄れている
④を読む 稼働率が下がったのは、客が減ったからではない
施設数・客室数は厚生労働省「衛生行政報告例」第4章第8表(2019年度および2024年度)、客室稼働率は観光庁「宿泊旅行統計調査」年の確定値(2019年および2025年)、人口は総務省「人口推計」(2024年10月1日現在)をもとに作成。
供給量は営業許可ベースの悉皆値、稼働率は宿泊旅行統計の標本調査で、母集団が異なる。両者を足し引きした数値は出していない。全施設ベースの施設数は名簿の拡大が混ざるため、稼働率は従業者が10人以上の施設に限って見ている。1施設あたりの客室数は旅館・ホテル営業のみで計算しており、簡易宿所営業は客室数の記録がないため含まない。都市の宿がなぜ小さくなったのか、誰が投資したのかは、営業許可の台帳にも宿泊旅行統計にも入っていない。
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