SYNAPXIS INSIGHTS / 09
訪日客が日本で使った飲食費は、2019年から2025年の6年で2.18倍になった。内訳は、延べ訪問者数が1.41倍、訪問1回あたりの飲食費が1.54倍である。全国では客も増え、1回あたりの金額も上がった。以下ではこの訪問1回あたり飲食費を単価と呼ぶ。ところが県別に開くと、この二つは同じ県で起きていない。
2019年と2025年の両方で、この調査に答えた人が500人以上いる31県について、訪問者数の伸びと、訪問1回あたり飲食費の伸びを一枚に置いた。相関係数は-0.02で、二つの伸びは連動していない。終点を万博前の2024年に置いても-0.26で、同じである。
縦横の線は全国の伸びで、横が客数1.41倍、縦が単価1.54倍。これで図は四つの区分に分かれる。両方が全国を上回った県が6、客数だけが上回った県が9、単価だけが上回った県が5、どちらも届かなかった県が11ある。右上の例が福岡で客1.74倍・単価1.78倍、右下の例が広島で客1.87倍・単価1.08倍、左上の例が愛知で客1.05倍・単価2.20倍になる。
訪問1回あたりの飲食費は、その県にどれだけ滞在したかで大きく変わる。県ごとに、外国人延べ宿泊者数を延べ訪問者数で割り、訪問1回あたり何泊しているかを出した。この泊数と訪問1回あたり飲食費を並べると、相関係数は0.74になる。
2025年の北海道は訪問1回あたり4.42泊で飲食費3.28万円、千葉は0.30泊で0.26万円。単価が低い県は、飲食で取りそこねている県というより、泊まらずに帰る客が多い県である。
ただしこの泊数は県の平均で、個々の旅行者の行動ではない。同じ旅行者が長く泊まるようになったのか、長く泊まる層の割合が増えたのかは、この数字では分けられない。
単価の水準が泊数で決まるのであれば、単価の伸びも泊数の変化で決まりそうに見える。ところが、そうはなっていない。泊数の変化と単価の伸びの相関係数は0.09で、二つは連動していない。先ほどの四つの区分それぞれで泊数の変化の中央値を出しても0.97倍から1.01倍の間に収まり、区分による違いが出ない。単価が伸びた11県と伸びなかった20県に分けても、泊数の変化に差はない(p=0.98)。
泊数と単価が同じ向きに動いた県は、個別にはある。広島は泊数が0.86倍に下がり、単価も1.08倍で止まった。福岡は泊数が1.14倍に上がり、単価は1.78倍になった。ただしこの並び方は、31県全体の傾向にはなっていない。
単価の伸びが滞在の変化で説明できないのであれば、同じ県で他に何が動いていたのか。飲食の単価の伸びと、宿泊・買物・娯楽・交通それぞれの単価の伸びを、県ごとに突き合わせた。
宿泊との相関が0.83で最も強く、買物が0.50と続く。飲食の伸びが大きい県ほど、宿泊の伸びも大きい。愛知は飲食2.20倍に対して宿泊2.43倍、広島は1.08倍と1.34倍、三重は0.78倍と1.24倍である。ただし二つが同じ幅で動いているわけではない。三重のように飲食が0.78倍と縮んだ県でも、宿泊は1.24倍に伸びている。
散布図の左下、飲食の単価が2019年を下回った県が4ある。理由は一つではない。三重は飲食が0.78倍に縮んだが、訪問1回あたり泊数も0.77倍に下がっている。1泊あたりに割り戻すと6,081円から6,084円で、変わっていない。1泊に使う金額が減ったのではなく、泊まらずに帰る客の割合が増えている。
神奈川は事情が違う。回答者が2019年5,162人・2025年6,892人と31県で三番目に多く、推計のぶれでは片づかない。飲食0.91倍、宿泊1.08倍と全体が動いておらず、訪日客の消費がこの6年で動かなかった県である。埼玉と栃木は、数字そのものを疑ったほうがいい。埼玉の2019年の1泊あたり飲食費は31,549円で、31県の中央値5,956円とは桁が違う。泊数0.61泊で訪問1回あたり1.94万円という組み合わせは他の県になく、回答者も777人と最も薄い。
この連動が、調査のばらつきで生まれた見かけのものである可能性はある。回答者の数は県によって違い、少ない県ほど数字は振れる。ただしその場合は、回答者の多い県だけを見れば連動が弱まるはずである。実際には逆になる。両年とも回答者が1,000人以上いる21県に絞ると、飲食と宿泊の相関は0.89、買物は0.59に上がる。
一方、娯楽と交通は飲食と連動しない。31県では娯楽が-0.15、交通が0.32、21県では0.16と0.05で、絞り方を変えると符号まで入れ替わる。一緒に動いているのは飲食・宿泊・買物という、その土地の店で値段が決まるものだけで、入場料や交通費のように全国で共通し、来る前に金額が決まっているものは動いていない。
連動する三つの中で、いちばん大きく伸びたのは宿泊である。31県のうち28県で、宿泊の伸びが飲食の伸びを上回っている。31県を含む47県の合計で見ても、訪問1回あたりの伸びは宿泊が1.92倍、飲食が1.54倍、買物が1.12倍である。開いた財布は、まず宿に向かっている。
2025年は大阪・関西万博の年である。観光庁は同年のインバウンド消費動向調査で万博訪問の有無を追加聴取し、万博訪問者の県別訪問率を公表している。万博訪問者の訪問率は大阪100.0%、京都59.8%で、万博未訪問者の大阪40.8%を大きく上回る。逆に福岡は2.6%で未訪問者の11.4%を下回り、北海道も0.9%と6.3%で同じ向きに離れる。万博の客は西日本を回り、九州と北海道には向かっていない。
では、その偏りは県別の客数の増え方を動かしたのか。万博訪問者と未訪問者の訪問率の比を県ごとに取り、2024年から2025年の客数の伸びと並べると、相関係数は-0.11になる。万博の客が集まった県と、2025年に客が増えた県は一致しない。大阪の訪問率そのものも、2024年の39.6%から2025年の41.3%へ1.7ポイントの動きにとどまる。
観光庁の推計では、万博訪問者の消費額は2025年4-12月期の訪日消費の3.8%である。全国規模の催しであっても、訪日客がどの県を訪れるかの配分を動かすには、この大きさでは足りなかった。
回答者が500人に満たない16県は外した。都道府県別の消費額の合計は、県をまたぐ交通費と訪問地不明の支出を含まないため、公表されている全国の訪日消費額とは一致しない。この記事の全国値はすべて31県を含む47県の合計である。
残した31県の中でも、回答者の数の差は大きい。少ない県では単価の推計そのものが振れるため、訪日客が少ない県で単価が大きく伸びたように見えても、実際の伸びと推計のぶれを分けることはできない。県の延べ訪問者数と回答者の数は相関0.95でほぼ同じものを測っており、この二つを切り離すこともできない。この記事が、訪日客がもとから多かった県ほど単価が伸びた、という読み方を採らなかった理由がここにある。
費目どうしの連動は、同じ回答者の同じ回答から作った数字どうしの関係である。ある県で高く使う人を多く拾えば、費目をまたいで一緒に高く出る。ただしその場合は娯楽や交通も一緒に動くはずで、実際には動いていない。
訪問1回あたりの金額には、この6年の外食価格や宿泊料金の上昇分が乗っている。県ごとの価格の違いは織り込んでいないため、金額の伸びそのものではなく、県どうしの差として読む必要がある。
訪日客が増えた県で飲食の単価も上がる、という順序では起きていなかった。滞在が長くなった県で上がったわけでもない。上がったのは、宿泊も買物も一緒に上がった県である。飲食の単価だけが伸びた県は、この31県には無い。
訪日客が財布を開くかどうかは、どこに泊まり、何を見て、どこで買い、そのあいだに何を食べたかという滞在の全体と結びついている。飲食はその一部として動いていて、単独では動いていない。連動を見ただけで、何がその全体を動かしたかまでは確かめていない。それでも、飲食の単価が飲食店の中だけで完結していないことは、31県の並びから言える。
この読み方は、打ち手の置き場所を変える。自店の値付けと商品を磨くことは前提として、それだけで県の単価の水準を超えるのは難しい。宿泊施設や周辺の事業者と滞在の設計を合わせるほうが、単価には効いている可能性がある。飲食店の単価を飲食業界の中の課題として扱ってきたのだとすれば、そこは組み替える余地がある。
観光庁「インバウンド消費動向調査」2019年・2024年・2025年の各年間【参考】都道府県別集計表、および「宿泊旅行統計調査」2025年確定値をもとに作成。都道府県別の旅行消費額の合計は、県をまたぐ交通費と訪問地不明の支出を含まないため、公表されている全国の訪日外国人旅行消費額とは一致しない。2019年の県別外国人延べ宿泊者数は、2025年確定値に付された都道府県別の2019年比から割り戻した復元値で、全国計が公表値と一致することを確認している。万博訪問者の都道府県別訪問率は、観光庁「大阪・関西万博訪問者に関する分析」(2026年3月31日公表)による。分析には統計手法として対数変換した二変数の相関、最小二乗法による重回帰、Mann-Whitney U検定を用いた。
訪日外国人の飲食費を、1人1泊あたりの金額、平均泊数、訪日外国人数の三つに分ける見方は、浜銀総合研究所の研究員コラム「存在感高まる外食産業のインバウンド需要」(2025年7月7日)が全国値で示している。都道府県別の消費単価の水準は、観光庁の集計表をもとに複数の媒体が毎年まとめている。本稿は都道府県を単位に、客数と単価それぞれの伸びを分けたうえで、飲食の単価の伸びを同じ県の他の費目の伸びと突き合わせた。大阪・関西万博については、Mastercard・三菱総合研究所・関西観光本部が決済データをもとに、万博を訪れた訪日外国人156万人による全国の消費額を6,085億円と推計している(2025年12月23日公表)。本稿が引いた観光庁の推計は約2,474億円で、対象がほぼ重なるにもかかわらず開きがある。本稿は観光庁の調査ベースの数字だけを使っており、二つの推計の当否は扱っていない。
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